Archive for the ‘ううう’ Category

飢えている子供も腹いっぱいになったら残すわ!

松本仁志氏の名言とされている。

「人間」を助けるという認識が薄甘いものだったと気付かされる。我々は先人たちの努力、八百万の神、あるいは単に偶機によりて飢えることもない日々を教授しており、また一方で飢えている人が居て、博愛、及び友愛の精神を以って扶助せしめんとしたが、結局はその状況だけを曖昧に把握しており、苦しんでいるのは「人間」であるということをすっかりわすれていた。グラフの差を埋めるだけでは足りないのだよなー。

「パンがないならパンを与えればいいじゃない!」

そういうことではないのだろう。んじゃどうするんだろう。んとに難しい話。

ご冥福を。

ある殺人事件の犠牲者のfacebookアカウントを覗いてみた。(これがいたずらや勘違いでなければ)本人の写真と、仲良さそうなボーイフレンドと一緒の写真もある。報道写真によればどうもこのボーイフレンドが犯人と同一人物なのでは、とのこと。

遺されたアカウント。

この、単純な言葉が、インターネットというものから受けたインスピレーションの一つ。ゆえに自分の日記に「もがり」などと名付けたのだが、インターネットのお話は別のブログでやっているという本末転倒なあたりも、生々しいおれですね。

財布を落としたときにする幾つかのこと

まずは自分が類まれな幸運の持ち主であることを祈り、全ての人間は拾った財布を然るべき期間に届ける人間であることを信じ、お礼の品が何も無いことを心配すること。財布が見つかるまでの間にどう過ごすか軽く計画を立てておくこと。

などという余裕は全く無く、まず来た道を戻りながら弊社事務所まで捜索。食事をした店は既に閉まっており、翌日に連絡してみることにする。一緒に帰る予定だった同僚に金銭を借り受け、切符を買う。・・・そう、財布と一緒にあらゆるものが無くなりましたの。帰りの電車の中で初めて携帯電話でインターネット検索などをし、電車を降りてすぐに歩きながら銀行のキャッシュカードを止める手続きをする。ここまでは無事完了。不正に引き落とされてもいないとのこと。諸般手続きをネットで調べる。

以降の大童のてんやわんやのお話はもう省略。大事なことだけ書く。

  • 遺失物届けはどこの交番でも。書類にいろいろ書くけど、財布の中の現金など覚えているはずない。何十年前のテンプレで書類作ってるんだクソが。阿呆か。いちいち名義とか書く。すると受領書的なものをもらえるんだけど、タダの紙切れ。交番で担当したじーさんがやる気なさげだったので大変不安になる。
  • キャッシュカードは即座に止めましょ。銀行一箇所につき十分ぐらいかかる。そのまま再発行の手続きも済んでしまう。この手続きの後でカードが出てきても絶対に使ってはいけない。「口座をロックする」らしいが凍結とは違うのかな・・・。だいたいどこでもお届け印が必要らしいが、某銀行は要らない。
  • 身分証明までなくしてしまうと、住民票が一番手っ取り早く代わりのものとなるけど、住民票取るのにも身分証明が必要なので、人によってはここで詰む。年金手帳と銀行の通帳、消印が押されている自分宛の郵便物などを持っていけばなんとかなるようだ。土日も開いている窓口のおかげで助かり。
  • SUICA定期券。身分証明を持って緑の窓口に。住所氏名やら用紙に記入。紛失した定期券の範囲を聞かれる。受領証みたいなの貰って、翌日以降にそれと、同じ身分証明とを持って、緑の窓口へ。手数料千円。
  • 運転免許証。事前に写真の用意が必要。街角の証明写真マシーンで。発行手数料は4000円ぐらい。身分証明書必要。住民票でOK。手続きは免許試験場か、警察署。平日のみ。試験場だと即日らしいので、おすすめ。自分は当日の二人目の受付だったようで、並ぶこともなくサクサク進んで、一時間ほど待って再発行。IC免許証なんてものになっているので、パスワードの設定が必要。何処で役に立つのか全く不明だが、必要らしい。遺失物届けの受領証みたいな紙切れは要らない。
  • ヨドバシゴールドカード。店頭で十分ぐらい。身分証明書必要。
  • 保険証。会社の担当者へ。一週間ぐらい。
  • 現金。諦める。
  • 財布本体。諦める。

これを人生最初で最後にしたいもんです。。。。

心の声をつなぐのは・・・。

哲学とか心理学。そんな範疇で精神とか心を語ることって少なくなってない?いや、調べもしないで言ってるけど、ニューロンだシナプスだ脳内物質だうんたらかんたら。心とは食いすぎれば溜まる脂肪みたいなもんで、鍛えればむっきむきになる筋肉みたいなもんで、損壊すれば医者になおしてもらうものなんだろ、きっと。心を怪我してしまった人たちは例えば犯罪を犯してとっつかまったりする。どこかで何者かによって手厚く保護、どころか隠匿されていたりする。またそんな状態からどうにかして元に戻ろうと、戦っていたりする。まったく普通に日常を営んでいたりする、俺なんかには全くわからないほどの努力をして。

車椅子で過ごす人のためのスペースとか、施設とか、あるのが常識、ないなんてそれは社会が壊れてるといわんばかりの手厚さ、自分だって明日車に突っ込まれればそうなるだろうし、支援してくれるような人には全く心当たりがないので、形だけでも道があると言うのはありがたいのではないか、だけどそれにはコストがかかる。税金とか、誰かが力を貸してくれるとか、金を出すとか、細々とした事を手伝ってくれるとか。今、世界が、自分の住む世界が平和であることに具体的に感謝する対象はいないけど、「そう」なったときに棄てられずに済む、まだ抹消登録されずになんとかなる、何処にどれほどの感謝を奉げれば良いのかしれん。いや、実際は開き直って今よりもタフに生きるかもしれないし、現実には周りから善意だけが帰ってくるなどありえない。でも、普通は言葉と心が通じる人々に、その存在に感謝する。することができる。普通は。普通は。壊れているところがないならば。

死滅病棟 ネットカフェ難民にもなれなかった男の末路

荻野君を見たことがある。その、渋谷のマックでUstreamで流された動画を、たまたま、見た。そこに集った人たち(参照記事中で名前が挙げられる人たち【追記:名前出てくる人全員がそのときそこに集ったわけではないようです】)は、誰一人しらない。ただ、参照すべき事例に満ちたブログなどを執筆しているので、そのハンドルネームは知っているとか、そんな感じ。野次馬でしかなかったけど、どんなことになるんだろーねとぼんやり動画を見ていた。カタコト追い出しも見たな。荻野君のtwitterのアカウントも見た。なんかヘンなことかいてんなあ、なんて。それ以降の経緯などは知らないけど、今回の最初もとの記事を読んだら、そういうことだったらしい。

赤の他人という立場を離れて言うと、個人的に他人事とも思えない心当たりもあって、しんみりした。しんみりした、それだけ。おやすみなさい。

終わりゆく旅

可愛い子には旅をさせろ、なんてね。いいましてね。夜道に物の怪に怯えるような事がなく、子供たちの冒険は山手線でハンコ集め、なんていう昨今、時間と景色と心が同調する旅路と言うのは、もしかしたらかなり狙ってやらないと達成し得ないものかもしれません。ま、トンネルの向こうが雪国だったと言う感動もありますし、googleEarthに人生で指折り五本ぐらいに度肝を抜かれた類の俺が、海外行ったことのないおれが、旅を語るとはをこがまし。いとにくし。よっぴいでひやうどはなつ。

見事にゴール!いやホントおめでとう。祝福と賛辞と、ささやかに嫉妬を込めてトラックバック。

今の日本語で、「旅」と「旅行」は明らかに意味合いを違えると思う。試しに貴方のご近所さんに「旅に出る」って言ったらきっと驚くと思うよ。「旅行いってくる」だったら「あらいいわねえ、円高ですものねえ、ウチのなんて買いもしないのに株がどうのってインテリぶってもうやんなっちゃうわああ、お土産とか気にしなくていいわよ~いいのよおおおおおおおおお」 ささやかな嫉妬とは程遠いな、ほほほ。旅する人に対する嫉妬は誰もが覚えたことあるんじゃないのかしらん。こういうチャレンジものというか、企画物に、すげえな、と、思う一方で、羨ましくてしょうがない、お隣のヒーロー。

だけど、自分を人生をしくじっているだとか、旅に行く暇や金がないとか思わないほうが良いよね。そう考えると、ポケモンスタンプ集めてる子供に負けるよ。全ては心、でしょ?旅に行くことはそれを確かめることでもある、たましーの風土記。主が来ずとも時は来る。人生を悟りを開かずとも死ぬときが来る。インクがかびないうちに、記すことあんだろー。

うおおお。スウェーデンあたりに行きたくなったなあああああああ。あるいはクエンカの夜景とか!広隆寺にもまたいきてえええええええ。氷河って実際どうよ?オーロラB!!!


勢い余って二つだこらあ。